秩父セメント専用線

前回記事のレッドアローに乗った折、秩父鉄道秩父駅から秩父セメント(当時)の秩父第一工場へ伸びていた専用線の存在を思い出し、沿線を辿ってみました。

 

撮影日

 2020年2月24日

地図

秩父駅からデルタ線を描いていた専用線。記事中の画像とカメラマークはリンクしております。なお、黒色の線は、国土地理院地図・空中写真閲覧サービス」の当該地域の空中写真を参照し、私が推定して描いたものとなります。

 

撮影地点1

秩父駅近傍の踏切から撮影。西武4000系が留置される側線から明らかに異なる方向へ伸びる右端の線路。これが専用線のものであろうと推定されます。

 

撮影地点2

秩父駅から工場へ向けて90度の曲線を描く専用線。その曲線の途中に踏切がありました。

 

撮影地点3

単線同士の専用線が合流する地点。

 

架線柱の架台と思われるもの。秩父鉄道では、レールを背中合わせにした架線柱が存在しており、形状的にそれではなかろうかと。

 

撮影地点4

専用線を跨ぐ国道140号。もはや跨線橋としての役割はなしておりません。桁部分には架線の地絡防止目的であろう木板が貼られております。

どうやら、専用線は電化されていたようです。

 

跨線橋の先が秩父第一工場でした。秩父セメントから社名の変わった太平洋セメントが継承しましたが、とうとう工場そのものが無くなってしました。

 

撮影地点5

道の駅から回るとかつての工場だった敷地に入れます。

 

撮影地点6

最大の遺構ともいえる専用線の踏切。2方向へ11本の線路が横切っています。

 

跨線橋部分では2~3本分の線路幅員が工場内では11本に。どんな線形だったのでしょうかね。

 

撮影地点3

再び専用線が合流していた撮影地点3へ。もう一方の専用線を辿ります。

 

撮影地点7

もう一方の専用線と同じく曲線途中の踏切から撮影。奥には秩父駅の架線柱が見えます。更に、踏切らしいゼブラ柄の柵、PC製の架線柱が残されておりました。

 

秩父第一工場の閉鎖が1996(平成8)年なので、その頃まで専用線は現役だったのでしょうかね?割と新しいPC製の架線柱が残されている点においても合点がいきます。