190113 成宗電気軌道 〜その1〜

宗吾霊堂付近から成田山新勝寺へ向けて線路跡を巡ります。





宗吾駅付近より探索開始。
真っ直ぐ2車線の通りの奥には宗吾霊堂、斜め右の狭い道は古道か。宗吾駅は古道沿いにあったようだが、宅地化され、痕跡は見当たらない。





廃線跡と思われる荒れ地。古い航空写真を見たところ、掘割区間のように見受けられたことから、埋め戻されたみたい。


上記画像を振り返って(=宗吾駅を向いて)撮影。正面に建つ民家が線路跡と推定。民家を軌道面とするならば、古い航空写真で見た荒れ地の掘割とも整合性がとれます。


若干、宗吾駅寄りへ移動。緩やかな上り坂は線路跡由来のものか。




用途を失った木製の電柱。1本だけありました。
一瞬、架線柱かと色めき立った訳ですが、廃止から75年も経った今、当時の物が残ってるとも思えず…
とはいえ、街灯にしては不自然な位置に見えるし、電柱にしては細身にも見える…
架線柱だとしたら、貴重な遺構の一つかと思われます。





左方の2車線の道路は国道464号。右方の道路の坂を下った先が線路跡。





右側に見えるガードレールは国道464号。線路跡は砂利道になっていました。
また、この付近に大袋駅がありましたが、駅の痕跡は見当たらず。


樹木を挟んで右側が線路跡。よくみると、宗吾駅を目指して緩やかな上り坂となっております。


成田方を向くと線路跡は国道464号に転用されております。






貴重な痕跡の一つである第三トンネル。この辺りの線路跡は築堤区間となっており、線路をくぐる道路用のトンネルとしてこのトンネルが設けられたそうな。レンガ積みの坑口が残されておりますが、中は埋められております。
また、反対側は、公津の杜地区の造成によって坑口、地形もろとも完全に消失しております。


前述の通り、線路跡は国道464号線に転用され、成田を目指してまっすぐ伸びております。





2車線の道路は、右カーブを描いておりますが、線路跡はまっすぐ伸びています。
また、手前の十字路(日赤成田病院前交差点)に新田駅がありました。


右側には京成線の掘割があります。成宗電気軌道が複線だったことを鑑みると道路と京成線の掘割の間の民地も含めて線路跡ではなかろうかと推定。







しばし進むと、成田線をくぐります。成田線の架道橋の造りは廃止後に架橋されたものなので、成宗電気軌道を跨ぐための架道橋とは違うようです。


この付近に論田駅があったそうな。


成田線と京成線の間を進むと…


成田駅に到着。


続く