180428 佐久間線

もう、だいぶ前のこととなりますが…
浜松へ行った折、佐久間線の未成線天竜二俣から船明ダム湖へ向けて巡ってきました。

佐久間線とは、二俣線(現天竜浜名湖鉄道)天竜二俣駅から飯田線佐久間駅を結ぶことを目的に計画された路線です。日本鉄道建設公団の手によって建設が進められましたが、1980年に制定された国鉄再建法によって予算凍結がなされ、工事はストップ。再開されることなく現在もその施設が残されております。

地点1


亜蔵川に掛かる橋梁。


橋梁の上はこんな感じ。橋梁の前後は築堤となっています。


橋梁の両側はトンネルとなっており、そのうち天竜二俣側のトンネルは栽培関係の施設に転用されていました。

地点1付近の地図



地点2

薄暗い山中に残るトンネル。坑口にはシャッターが付けられており、何かに使用されている雰囲気。このトンネルの向こう側が地点の亜蔵川橋梁となります。


この周辺の地名は山東で住宅地となっております。佐久間線は築堤でこの地域を通り抜けます。

地点2付近の地図



地点3


二俣川には橋台と橋脚が残されていました。土手道は橋台が想定していたであろう暗渠を通らず全く無視して通り抜けております。

地点4


二間川から若干、北方にある函渠。国鉄の土地を示す工点もありました。


上から見た同函渠。天竜二俣側を向いています。


振り返って佐久間側(船明ダム湖側)を向いて撮影。この先の路盤は一時的に消失します。

地点3・4付近の地図



地点5

地名が船明(ふなぎら)に変わりました。この地域では、区画整理事業が進められているようで、佐久間線は道路に転用されました。緩やかにカーブしている線形が鉄道由来であることを感じさせます。



船明集落の北端にあるのが船明トンネル。このトンネルは何にも転用されていないようです。

地点5付近の地図





国道下に僅かに見える船明トンネル。この下は船明ダム湖こと天竜川が流れております。

地点6

船明ダム湖周辺の佐久間線は、遊歩道に転用されました。擁壁には完成時期を示す「1973-3」と刻まれています。

地点7

船明ダム湖に掛かる夢のかけ橋。残念ながら、橋梁自体は遊歩道整備時に架橋された物なので、鉄道橋ではありません。


ただし、橋脚は鉄道用。覗いてみましたが、特にこれといった成果は見当たらず。


夕日に照らされる橋脚。遊歩道整備前は橋脚だけが立っておりました。


橋梁名は第2天竜川橋りょうというそうな。
と、いうことは、船明トンネルを出て直後の橋梁は第1天竜川橋りょうになるのだろうか。


県道からも夢のかけ橋を撮影。もし、佐久間線が実現していれば、ここは有名撮影地になったのではないかと思われます。


夢のかけ橋の袂から先をズームアップ。中央の建物は道の駅 相津花桃の里。さらにその奥に高架橋が見えます。

地点8

その高架橋。奥に見えるトンネルをワインセラーに転用しているようで、高架橋もワインセラー施設の一部として使用しているようです。それにしても、架橋が中途半端ですな。

地点6〜8付近の地図



地点9

国道からわずかに見えた谷山トンネルの坑口。



この谷山トンネルが佐久間線の最後の遺構となります。


佐久間側を向いて撮影。遺構はないものの、地割は存在しております。画像奥へ伸びる道路が佐久間線の予定地で、奥には地域の集会所が建っております。

地点9付近の地図



地点10


地点9の先は天竜川で、その対岸へ回ってきました。しかしながら、佐久間線の痕跡である地割や標も見つけられず。地点9の谷山トンネル周辺で工事が凍結されたと言えそうです。


最後に天竜二俣から巡った佐久間線の地点などを掲載。青いピンが記事中の地点となります。