まち歩き 〜上野から尾久へ その1〜


雨が降ったり、仕事が忙しい。と何かと理由を付けて1ヶ月以上。
梅雨の合間の晴れ。久しぶりにまち歩きです。

職場の人から谷根千行ってみたら?
と勧められました。
ということで、始まりは上野の陸橋から。
前回もここからスタートしましたが、今回は上野の森を通過。


実はここも通ったことのある道。
確か2回目ぐらいのまち歩きだったと思います。

地図によるとこの道は都道。とても都道とは思えぬ道幅(そもそも一方通行)ですが都道452号とちゃんと番号も振られています。


谷中墓地の表示。


谷中墓地を貫く中央園路。奥には桜の並木が続いています。


案内看板の言われるがままに徳川慶喜の墓に来ました。
歴史上の人物が目の前で眠っている…

谷中墓地は古くからある墓場で大小様々、色んな形態のお墓がありました。
よくある画一的な墓石の並ぶ墓場とは違う雰囲気です。


山手線や東北線を跨ぐ橋。私は渡らずに坂を下ります。


線路沿いを歩きます。


線路を挟んで世界が違うような感じです。


何気なく見つけた防火用水の水槽。右から読ませるあたり、かなり古そうだ。
この一体は谷中という地名ですが水槽には旧町名である天王寺町と書かれています。


日暮里駅に近づくと紅葉坂の案内柱がありました。
駅前だからか、放置自転車に囲われて少々残念な感じ。

紅葉坂(もみじざか)
坂道周辺の紅葉が美しかったので「紅葉坂」と命名されたのだろう。
別名「幸庵坂」ともいった。その命名由来は不詳。
江戸時代後期の国学者、山崎美成は「金杉日記」に、「天王寺うら幸庵坂下、又三しま社のほとり秋色尤もふかし、林間に酒を暖む」と記している。
この記事によると、幸庵坂の名は江戸時代にすでにあったことが知られる。



日暮里駅に来ました。
ビルの向こうにはスカイツリーが見えます。


まち歩きは続きます。