廃物・未物(廃線・廃墟・未成線など)

秩父セメント専用線

前回記事のレッドアローに乗った折、秩父鉄道秩父駅から秩父セメント(当時)の秩父第一工場へ伸びていた専用線の存在を思い出し、沿線を辿ってみました。 撮影日 2020年2月24日 地図 秩父駅からデルタ線を描いていた専用線。記事中の画像とカメラマークはリ…

京成リアルミュージアム

京成リアルミュージアムと称して上野の森にある博物館動物園駅の一部が公開されました。 整理券を貰うも、少々の時間があったので、もう一つの博物館動物園駅跡へ。 東京都美術館の裏手に当たる場所に存在する旧下りホームへの入口。中の様子は分からない。 …

まち歩き ~お茶の水界隈~

お茶の水界隈をウロウロ… 丸ノ内線2000系と中央線E233系が顔合わせ。 反対側からも2000系。 02系B修車。いずれ、ここを走ることは無くなりそうですね。 ここに来た目的の一つにお茶の水橋に残る都電の軌道敷が現れたため。 都電の廃止後にアスファルトで埋め…

東臺門と寛永寺坂駅

「東臺門」とは、京成本線の京成上野駅から日暮里駅のトンネルの書かれた扁額です。 扁額を拡大。 開通した年である昭和8年が記されているのが分かります。現在から86年前に開通したのですね。 坑口の直後に左カーブを描くと直線区間になります。 その直線区…

190804_茨城~千葉の旅 ~その2~

那珂湊から鹿島へ移動… その道中、関鉄グリーンバスの鉾田営業所へ寄り道。 営業所の裏手に2007年に廃線となった鹿島鉄道の鉾田駅のホームが残っております。 ガタガタに歪んだホームは、2011年の地震によるものだという。 2面1線の両抱き式のホーム。 営業…

船川港の廃線

男鹿線の終点、男鹿駅から船川港へ貨物線が伸びておりました。 「道の駅 おが」の裏手には貨物線の線路が20mほど残っております。 また、道の駅の一角には、移設された船入踏切がモニュメントとして展示されております。 レールは展示用に敷設されたもので、…

190113 成宗電気軌道 〜その2終〜

成田駅から成田山新勝寺へ向かいます。 成宗電気軌道の線路跡は道路に転用されました。 上記画像に写る歩道橋から成田駅方向を望む。 緩やかな下り坂。成田駅周辺は起伏の激しい地形のようです。 最大の遺構ともいえる築堤区間。言うまでもなく、この築堤上…

190113 成宗電気軌道 〜その1〜

宗吾霊堂付近から成田山新勝寺へ向けて線路跡を巡ります。 宗吾駅付近より探索開始。 真っ直ぐ2車線の通りの奥には宗吾霊堂、斜め右の狭い道は古道か。宗吾駅は古道沿いにあったようだが、宅地化され、痕跡は見当たらない。 廃線跡と思われる荒れ地。古い航…

190113 成宗電気軌道 〜序〜

かつて、成田と宗吾を結んでいた成宗電気軌道という路面電車が存在しました。 成田山新勝寺と宗吾霊堂の参詣者向けの路線でしたが、戦争末期の1944年に廃止となりました。 新年早々2019年1月に線路跡を巡ってきました。廃止から75年が経ち、あまり痕跡はない…

180428 佐久間線

もう、だいぶ前のこととなりますが… 浜松へ行った折、佐久間線の未成線を天竜二俣から船明ダム湖へ向けて巡ってきました。 佐久間線とは、二俣線(現天竜浜名湖鉄道)天竜二俣駅から飯田線の佐久間駅を結ぶことを目的に計画された路線です。日本鉄道建設公団の…

東京都港湾局専用線跡 〜その2〜

その1からの続きです。 豊洲運河に残る橋脚。 対岸には橋台が見えますが、接近することはできず… 歩道に埋められたレールを発見。 レールは当時のモノではなく、歩道の整備時にモニュメントの意味合いで埋められたと思われます。 そして、この画像の場所が晴…

東京都港湾局専用線跡 〜その1〜

豊洲や晴海にはかつて、東京都が運営した専用線が存在しました。 その専用線の痕跡を探りに越中島貨物駅へ。 越中島貨物駅の末端。 右は京葉線。 貨物駅の機回し線の車止めの更に先に空地が続いています。 これが専用線の跡地です。 専用線の跡地。 鉄道施設…

篠ノ井線の廃線 〜その1〜

先月、長野へ旅行した際、篠ノ井線の廃線遊歩道を歩きました。 廃線があるのは明科駅から西条駅の間。 そのうち遊歩道があるのは明科駅方のおよそ5kmほどの区間です。 陸橋から見た篠ノ井線。 奥は明科駅の構内が広がります。 そこから分かれる砂利道が廃線…

影森界隈の線路 〜その2〜

影森界隈の線路。今回は廃線です。 前回でも使った画像。 真ん中に使われていない線路があります。 左は前回の三輪線。右は秩父鉄道の本線。 そして真ん中の線路は武甲線。 見ての通り、武甲線は廃線になっています。 本線に沿って残る武甲線の線路。 右上に…

下河原線 〜その4〜

その3からの続きです。 その3では分岐点の左側へ進みましたが、今回は直線に続く右側へ進みます。 中央道を潜ります。 線路があった部分だけ高架の構造が違います。 多摩川を目指して一直線に続く線路跡。 駅から離れてきたからなのか、農地がちらほらみられ…

下河原線 〜その3〜

その2からの続きです。 陸橋から見た下河原線跡。 左の線路は武蔵野線です。 保線関係の資材置き場になっている線路跡。 振り返るといかにも廃線ですよと言わんばかりの遊歩道。 しかし、実際は左の建物のある場所が廃線です。 建物と遊歩道の境界には工点が…

下河原線 〜その2〜

その1からの続きです。 泉町陸橋の下には謎のカーブミラー。 これは一体… 西国分寺駅から北府中駅の区間は武蔵野線に敷地を譲ったので名残は見当たりません。 この区間の途中には武蔵国分尼寺跡があります。 北府中駅に差し掛かると下河原線と武蔵野線が分岐…

下河原線 〜その1〜

中央線の国分寺駅から分岐していた中央線の支線がありました。 支線の名は下河原線といい、国分寺駅、北府中駅、東京競馬場前駅を結ぶ路線でしたが、 武蔵野線が開業することになり、区間が被る下河原線は廃線になりました。 探索日:2011年12月7日 跨線橋(…

奥多摩湖ロープウェイ

先日の記事で触れたロープウェイ。 駐車場に経つロープウェイの鉄塔。 ロープウェイの駅へ向かう階段。 駅に近づくと搬器が見えてきました。 駅前の広場から見た奥多摩湖。 分かりづらいですが、対岸にも鉄塔があります。 この駅は三頭山口といいます。 改札…

田浦の廃線 〜その4〜

その3からの続きです。 再び「その1」で取り上げた平面交差地点へ来ました。 新しいアスファルトはかつて線路があったラインを描いています。 工事現場付近に分岐器があったようです。 ちょっとだけ顔をのぞかせるレール。 そのままトンネルのある方へ伸びて…

田浦の廃線 〜その3〜

その2からの続きです。 今回は「その1」の貨物線から分岐していく線路を探索します。 巨大な倉庫が立ち並ぶ。 線路は画像左の資材置場?のあたりを通る。 倉庫の壁面には国鉄の要請…と書かれた注意書きが。 JRに書き換えず国鉄で残されているあたり、相当前…

田浦の廃線 〜その2〜

その1からの続きです。 今回は「その1」で追った貨物線の終端(柵で塞がれた)付近から分岐する貨物線です。 レールこそ剥がされているものの、路面の継ぎ目や怪しい草むらから線路が存在したことが分かります。 そして現れた線路。 分断されていますが、更に…

田浦の廃線 〜その1〜

鎌倉へ行く際、ついでに行ってみたかった場所がありました。 それは横須賀線の田浦駅から分岐する貨物線。 貨物線の使命は既に終え、廃線になっています。 果たしてどんな風に遺構が残されているのでしょうか… 探索日:2012年12月8日 横須賀線に乗って田浦駅…

三鷹周辺の廃線 〜境浄水場専用線〜

武蔵野競技場線の次は境浄水場専用線です。 始まりは境浄水場から。 一見するとごく普通の門。 浄水場の向かいは玉川上水が流れています。 歩道には怪しい空間。 木々に埋もれて分かり辛いですが、橋台があります。 対岸から。 橋台と浄水場の門の位置関係が…

三鷹周辺の廃線 〜武蔵野競技場支線 その2〜

その1からの続きです。 グリーンパーク遊歩道と名を変えても緑豊かな遊歩道が続きます。 工場引込み線を解説した案内板。 武蔵野競技場線が元々は中島飛行機の専用線だったことをこの時に知りました。 中島飛行機の専用線時代は武蔵境駅から分岐していたので…

三鷹周辺の廃線 〜武蔵野競技場支線 その1〜

中央線の三鷹駅から武蔵野競技場前駅へ至る支線が存在していました。 1951年に開業、1959年(1959年以前から放棄状態)に廃止された短命の路線です。 今回はこの線路跡を三鷹駅から歩いてみることにしました。 探索日:2012年10月31日 中央線から分かれる場所…